diamondwaterの観劇日記

舞台、映画、展覧会、各種イベントに参加した記録、感想などをまとめています。

2012年8月 観劇日記

8月に入り、試行錯誤の末、遂に夏の快眠レシピが完成しました。クーラーを31度超弱風にして1時間後オフタイマーを設定+暑くなり始める5時ごろにオンタイマー設定。間の空白はアイスノン枕で乗り切る、という戦法です。こうすると、クーラーつけっぱなしでの睡眠特有のダルさもなく、途中で目が覚めることもなく眠れるのです。あまりに簡単な方法で「今までどうして思いつかなかった…orz」とガックリきましたが、とにかく快眠レシピ完成は目出度いことなのでヨシとします! 後、今更ですが残暑も見越してベランダにヨシズも設置しました。完璧です。

で、8月。


8月3日 星組「ダンサ・セレナータ/セレブリティ」(東京宝塚劇場
8月11日 花組サン=テグジュペリ/コンガ!!」(宝塚大劇場
8月12日 雪組特別公演「双曲線上のカルテ」(日本青年館


まだ月の中盤。いつも月が終わってから感想をまとめるんだけども…今回は月末まで待てなかったの!です!!吐き出さないと耐えられないものを観てしまったの!です!!なので月末を待たずに感想をアップしちゃうの、です(>_<)ウワーン!!

(続きは以下から)



星組「ダンサ・セレナータ/セレブリティ」は急遽チケットを追加しました。どうしても「もう1回観たい!」という気持ちを抑えがたく…。で、舞台自体を楽しんだのは前提として(詳細な感想むは前記事にまとめました)、8月3日の観劇で強く印象に残ったのは東京宝塚劇場スタッフの素晴らしい対応ぶりでした。自席のそばに、とんでもないオコサマがいらっしゃいましてねえ。観劇中に喋り続ける、前のめりになる、前の席を蹴る、トイレに立つ、と、もうやりたい放題!一緒にいる保護者が注意しないので行動はエスカレートするばかり。お芝居に全然集中できず怒り心頭だったのですが、まあ起きてしまったことは仕方ないとして、むしろショーでもこんなんだったらどうしよう…と思うと穏やかな気持ちには到底なれず幕間に悶々とする羽目に。ところがしかし! 似たようなことを思った方がいらっしゃったのか劇場側に情報がいったようで、ショー開演前に蛍嬢たちが次々とやってきて、オコサマに失礼にならないように、でもしっかりと注意をしてくれたんです。溜飲が下がったというか、ほんと胸がスッとしましたよぅ。何よりショーでは件のオコサマの問題行為が一切なくなって、とても快適に観劇できたのがよかった。思えば、宝塚において劇場側の対応で不快な気持ちになったことって一度もないんですよね。トイレの数が多くて安心だし、寒ければ毛布も貸してくれるし、席で飲食できるし、貸し出しのオペラグラスの性能もなかなかだし、何よりチケットを忘れて劇場に来る私のような間抜けな客にも親切に対応してくれるし!(威張れることではない)月に何回も通う場所ですから、これって物凄く大切なこと。「これからもよろしくお願いします」という気持ちになりました。
※そういう意味で、博多座も大好きです。あそこも相当ハイレベルな劇場だぜ。



次に、「双曲線上のカルテ」。弱ったオトコ、ちょっと儚げなところがあるオトコを演じさせたら、ちぎちゃんピカ一! 安定の不安定さというか。お芝居自体はノーストレスで楽しく観られました。石田節の最たるものである天使ちゃんズもチャリティコンサートも、許容範囲内。ある意味、想定内(ドヤッ!)。今年に入って石田せんせの作品は3作目なのですが(花組「復活」、花組全ツ再演「長い春の果てに」、そして本作)、どの作品も何だかんだ楽しんじゃったな〜。石田せんせ、お疲れ様です。それにしても、ちぎちゃんの美貌はいつ観ても裏切らないね。骨からして美形。ぃゃぁ、まじ美しかった…。その美しさは、最後フェルナンドが凍てついた湖に沈んでしまうというエピソードから、かのオフィーリアを連想してしまったくらい!ほんと「美人は世界の宝やで」です。そして、オサさんもそうだったけど、ちぎちゃんは娘役の横より男役の横が似合う男役だね。必ずトップになると信じてますが、相手役選びは慎重に行なってくださいますよう…>歌劇団様。


最後に、花組サン=テグジュペリ/コンガ!!」。……………「サン=テグジュペリ」に心がポッキリ折れました(激白)。名作ショーと評判の併演「コンガ!!」を観ても、その傷は癒されず。。。みなさん「コンガ!!」は絶賛ベースなので、どうして私はピンとこないのだろうと我ながら疑問なのですが、個人的に黒塗りショーが(「ノバ・ボサ・ノバ」は別格として)特に好きというわけでもないということと…、それより何より「サン=テグジュペリ」に心折れすぎて上の空で観ていたのでよく覚えていない(!)のが原因と思われます。ぃゃぁ……実は帰りの新幹線が名古屋地区の豪雨のため線路上で一時停止してしまったのですけど…、その間、私、本気で沈思黙考いたしました(「サン=テグジュペリ」について)。静かな車内、眠る乗客、考える私。チッチッチッチッ…(時計の針の音)。その間の嵐のような思考はこちら⇒「星の王子様」を読み、星の王子様ミュージアムを訪ねサン=テグジュペリの生涯について一通り学んで挑んだ観劇だったというのに、それでもポカーンとしてしまったあの作品は、一体何なのか? 物語を紡いでなくないか? 主人公が何を考えてるのかサッパリ分からない!ヒロインが何を考えているのかもっと分からない!!ただただブツ切りの場面場面が連なっていくだけ。それもその演出が何か目新しいわけでもない…。そもそも分かる人だけ分かればいいという作者の姿勢は、創作する人の態度としていかがなものか? そういうのを世間一般では独りよがり、内輪受けというのではないか? 私はムラ版「仮面の男」を巡る旅を通して、時にサブカル作品は「筋なんてない!意味なんてない!意義なんてない!成長なんてない!正しくだってない!観た人間に何かを与えたいなんてこれっぽちも思ってもいない!ノリと勢いとセンスで突っ走る世界。」であることを優先することがあるのだと気付いたものでしたが…、何、「サン=テグジュペリ」もその手の作品だっていうことなわけ?違うよね?谷先生、一体何を目指したの、教えろこんにゃろー!!! ただし、同時に私は出演者たちが大好きなのです。どうしても彼女らを応援したいのです…!一体どうすればいi(ry <以下、ループ> ⇒ ……というわけで、コホン。止まっている新幹線車内で必死に考え続けた末に出した結論が、「足りない部分は脳内保管して、“自分”で物語を紡ごう」でした。それって鑑賞態度としてはNGなんじゃないかと思うのですけども、この際、仕方ないだろうっ(キリッ!)。と、開き直ったところで、新幹線が運転を再開したのでした……(正味1時間也)。その後、この作品は“オマージュ”なのだという意見を聴き及び、なるほどと膝を打ちました。確かにあれは物語じゃなく、オマージュだよね(イイ笑顔)。次に私が「サン=テグジュペリ」を観るのは2012年8月19日です。 で、今、2012年8月15日。さて、私は「サン=テグジュペリ」を脳内保管して楽しむことができるのか!?闘いの行方はいかに!!待て、以下次号!!!(違)